漁田武雄先生インタビュー

先生の専門分野はなんですか?

認知心理学です。


高校生の時にはそう決めていたのですか?

興味という点では、高校生のころ一番好きだったのは生物学なんですよ。それから、数字を山ほど見るのが好きでした。それから、野球の打率表とか、地図表の巻末にあるリストを見ると一日飽きないんですよ。

一番行きたかったのは、理学部の動物学で、微生物などの学問もやりたかったのですが、高校の数IIIの先生が大嫌いで、思い出すだけで気持ち悪くな るくらいです。先生であるよね、科目の好き嫌いに影響してしまうケース。数IIIを取らないと進路が文系になってしまうんです。 だから、大学に進もうと自分の進路を考えた時に、まず、理科系をはずしました。

では、その後はすんなり心理学を選んだのですか?

いえ、違います。

 自分の適性を考えた時に、2つのことを考えました。

  1. 理系的なものであって、数字をたくさん扱うもの、それから、
  2. 被差別部落の問題です。

私は広島市の生まれ育ちです。西日本、もっと具体的に言うと、天皇陵古墳があるところには、被差別部落というものがあるんです。そのころから被差別 民とい う存在があるのだとおもいます。その差別は現在も生き残っていて、どうしてこんなことがあっていいのだろうかと子供心に非常に憤慨していた のです。なんとかそこを解決できないだろうかと思っていました。

本を読むのは好きだったから文学部に行ってもよかったのだけど、私は理科が好きだったので、文系理系の枠にはめにくい、「文理融合型」の人間なんで す。そ れで、社会学をやろうと思いました。社会学部のある大学に行こうと思ったんですが、受験勉強はほとんどしないで、バンド活動をするかたわ ら、社会学の本を読んでいたんです。

でも、社会学科には行かなかったのですよね?

本を読んでみたら、自分が思っていた世界と違っていたのです。社会全体の問題とか社会の構造を問題 にしていたのです。もちろんこれは、社会学を批判しているのではなく、私の趣味に合わないと言っているのです。一人一人のこころ、こころの揺れとか悲しみ とかとか、そういうものが見えてこないのです。だって、差別されたら、悲しいですよね、つらいですよね。

そういうことを何とかしたいと思うわけで、人間の心をクローズアップした世界を求めたら、「社会心理学」があった。そういう 事情で、「社会心理学」をやろうと思ったのです。「社会心理学」は社会学部ではなくて、文学部の心理学科に入らないといけない。それで、進路の大変換をす ることになりました。

地元の大学に進んだのですか?

心理学科がある大学で、どの大学がいいか探しました。そうすると、東京大学とか、東京教育大学(現在の 筑波大学)、広島大学がいい、と聞いたのです。広島大学というのは地元ですが、父親との関係があったのです。

私の家は代々職人の家系だったのです。刀鍛冶です。で、「職人には学問はいらねぇ」という雰囲気が私の家にはあって、兄も中卒なんです。原 爆で間の兄弟が亡くなっているから、私と12歳も違うので、時代もずいぶん違うのですけど、私も高校までは行かせてもらえたのですが、「大学なんてとんで もない」と言われました。

だけど、自分の夢を実現するために、絶対大学に行きたかった。半分家出同然で、広島にはいられないから、広島とは違うところに行く羽目にな りました。

ところがさっき述べた他の二つの大学は、私が受験する時には、大学紛争で入試がなかったのです。紆余曲折の末、心理学科のある大学に入りました。そ こは、 もしかしたら日本の国立大学の中で一番貧しい大学だったと思うのです。設備もないしね。

その大学で「社会心理学」を学んだのですか?

その大学の心理学科の先生に「社会心理学をやりたい」と言ったら、「そういう幅広い、いろんな要因 が絡んでいるような分野をやるよりは、若いときは基礎的な領域を勉強しなさい」と言われたのです。

「基礎って何ですか」と尋ねたら、「実験心理学・知覚心理学、あるいは学習心理学(今で言うと認知心理学)をやりなさい」と言われて、一生 懸命勉強していずれ社会心理学に進もうと思っていたのですが、やっていたら、社会心理学よりも勧められた分野のほうがおもしろくて、いまだに社会心理学に 行っていません。たぶんこのままです。

ハマってしまったのですね?

この基礎領域になぜハマってしまったかというと、生物が好き、数字見るのが好き、という私の性格に由来 します。実験やったり、統計解析やったりするのが大好きだったので、ハマったのです。社会心理学よりはむしろ私に向いていたのだと思いま す。

さっき述べた被差別部落民の問題は、原爆被爆者の問題とかも含めて、ことあるごとに、ホームページに書いたり、テレビに出た時に訴えたりはしていま す。

将来、社会心理学にまで研究を広げる予定は?

う〜ん、将来のことはわかりません。

先生が関心を持っている研究テーマは何ですか?

私がずっとやっているのは、記憶の文脈依存性というものです。分かりやすく言うと、 何か、英単語とかを憶えたりするとき、英単語だけ憶えていると思う人がいるかもしれませんが(厳密に言うと、英単語と日本語の意味を結びつけているのだけ ど)、我々の記憶は、それを憶えた時のさまざまな状況すなわち文脈が一緒に記憶されるのです。

たとえば、私は高校生のころ電車通学をしていまして、電車のなかで単語を憶えていました。だから、電車の中で立ったまま単語帳を見るのが文脈になっ ている のです。あるいは、単語帳の前後に別の単語がありますね。そういうものもある種の文脈を構成しています。そうすると、そういう場面で、そういう単語帳を見 るような状況だと思い出せる。試験の場面になると出てこない。また、会話の中でその単語を適切に引き出せないとしたら、一体、何を憶えているのか、となり ます。

記憶について、もう少し詳しく教えていただけませんか?

記憶には大きく分けて2種類あります。

  1. 一つは、エピソード記憶、すなわち、文脈と結びついている記憶。これは普通の人間の記憶なんです。「思い出」に相当します。もう一つ は、
  2. 意味記憶、すなわち、知識に相当する記憶

です。

学ぶという行為は知識を身につけることですから、意味記憶を身につけるはずなのです。意味記憶とは、関係した知識を手掛かりとして検索することがで きる記 憶です。意味記憶になっていれば、必要な場面、たとえば英会話などの場面で引き出せるのです。

これに対して、エピソード記憶は、憶えた時の文脈を手掛かりとして思い出します。試験の時、「この問題に関する内容は、昨日勉強した参考書の右ペー ジに、 色刷りで書いてあった。」というところまで思い出せるのに、肝心な答えが思い出せないということがあります。そういう記憶は、思い出であって、知識とは なっていないのです。一夜漬けは「思い出づくり」なのです。これも、「認知心理学概論」の授業でやります。

先生の研究は、これとどう関わるのですか?

私がやっているのは、エピソード記憶が文脈に依存するメカニズム、そして文脈に依存しなくな るメカニズムを、実験を通して明らかにすることです。

私の研究を大きく分けると2つになります。

エピソード記憶は、学校で勉強する知識ではありませんが、我々の心や人格の基盤を作っています。5歳の時に10歳の時にどういうことをやっ た、そういうことがすべて全部積み重なって、現在の自分を作っているのです。

このメカニズムを明らかにするためには、エピソード記憶が文脈に依存する部分について、これがどうなっているのかを明らかにしていかなければいけま せん。 そのために、日夜実験をして戦い続けているわけです。これが一つです。

もう一つは、教育心理学的な意味があります。勉強では、文脈に依存しない知識を身につけなければいけないわけです。そうすると、どうやってこの文脈 をはが してやるかが問題になります。「脱文脈化」ということです。

これらは、みんな情報学の中核となる研究です。

先生のゼミに入って心理学を学ぼうとするには、どのよう なことを学んでおいたほうがいいですか?

シラバスに書いてありますが、「認知心理学概論」の授業を取っておいたほうが望ましいで す。認知心理学についての基礎知識が身につきますからね。

それから、ゼミに入るのであれば、2年の後期に高橋晃先生が開講していらっしゃる「心理学実験演習」を受講してほしいとおもいます。この科 目で、心理学の研究法の一番基礎になる実験のやりかたを学んでおいてもらえるととても助かります。そうすると、3年生のときに、実験のプログラムを作って データを取ってデータ解析をすることが可能になります。

3年次に私の情報マネージメントを取ってもらうと、スムーズに卒業研究に入れます。

先生のゼミでは、どういうことを研究しているのですか?

この学部は情報学部ですから、卒業研究では、認知心理学を基本にしています。研究の幅が 広いし、記憶などのおもしろいテーマもあります。ただし、学部生でいる間は、自分のやりたい心理学のテーマでやってもらっています。

そうすると、青年期の様々な問題、アイデンティティの形成、自分探しが出来ない若者がどういうこころの特徴をもっているのか、という問題に 取り組んでいる学生がかなりいます。

「孤独感と自己開示」(自分の内面をさらけ出すことで孤独感をいやす。チャットや携帯ともからんできます。)、「異 性不安」(同年代の異性とうまく関われない問題。)、「山嵐ジレンマ」(くっつきすぎるととげが刺さって痛いが離れると寒いので、 つかず離れずの状態でいる)、「やせ願望」(テレビなどでやせたタレントを毎日見ていることがかなり関係していると思います。過度になると 拒食症の危険域に入ります。)など、今の若者の友達づきあいを特徴づけているのではないかと考えられるさまざまな心理特性を研究している学生がいます。今 も昔もかわらない部分もあれば、かわっている部分もあるようです。

それ以外にはどういう研究がありますか?

ほかには、携帯電話・携帯メールを使ったコミュニケーションが、対人的な、直接顔を会わ せたコミュニケーションとどういう関係になるのか、という研究テーマもあります。一つ考えられるのは、「携帯電話ばかり使っているから対人的なつきあいが 疎かになって、携帯電話と対人的なコミュニケーションが相補的な関係、裏腹な関係になる」ということです。それとは異なり、「イヤそうじゃない、よく会う 人とはメールも多い」という考え方もあります。

今の若者は携帯がないともう生きていけないでしょ? この状態は、携帯依存状態というべきものだと思うのだけれど、そういうことに興味がある人もい るので す。今度の卒業研究ではそういうことを研究する人も出てくると思います。これは、情報社会における新しいコミュニケーションの形態ですね。

携帯電話は若者にとってなくてはならないツールになって いますが、それに関する研究はあまりなされていないのですか?

こういうことに関して、まだ心理学研究がついてきていないのです。技術は人間が思っ ている以上に進歩しているから、携帯電話などに関して研究している人はほとんどいないのが現状です。数少ない一人ですが、私の研究室が静岡キャンパスに あった時期に、自主ゼミでずっと一緒にやっていた静大人文学部の学生が、いま広島大学の博士課程で携帯電話について研究しています。

この前も、日本教育心理学会で、彼女の発表にはかなり人が集まったのです。それくらいみんな注目しているんです。

若手の研究者にも発表の場は与えられているのですか?

いま「心理学研究」という雑誌に論文を書いて投稿すると、投稿してから掲載されるまで最短でも2年くら いかかります。どういうことかといいますと、心理学の研究はたくさん行なわれているが、それを発表する場所が少ないということです。今度、認知心理学会と いう学会を立ち上げます。いままで、日本心理学会というすべての心理学をカバーする学会はありましたが、専門領域がドンドン細分化しているので、認知心理 学会というものを立ち上げるのです。私も発起人で、準備委員になっています。これからは発表の場も増えてくると思います。そういう意味ではぜひ、若 い皆さんにもやってみてほしいと思います。まだ研究の少ない今がチャンスですし、本当におもしろいと思いますよ。

情報学部における心理学の存在意義とはなんでしょうか?

記憶の問題も、生きているということとつながる大きな問題ですし、これは、情報学の中核に あることなのです。

心理学は、認知科学という大きな分野の中核となるものです。認知科学というものが生まれてきたのは、心理学の発達、特に認 知心理学の発達、コンピュータの発達、脳科学の発達が三位一体となってお互いに影響しあった結果です。たとえば、脳 のことを明らかにしたらすべてわかると思うかもしれないけど、それを理解するためには、ある程度のスキーマ(ものの見方考え方の枠組み)が必要なのです。 スキーマがなかったら、脳と神経系を見ても何もわからないでしょう。そのスキーマは心理学が提供してくれるのです。

来週の授業では、記憶出来なくなった人のビデオを見せます。その人の脳の動脈瘤が破裂して、脳の中の海馬という部分に情報が入ってこなくなりまし た。そう すると新しいことが憶えられなくなったのです。この症例を理解するのに、記憶に関する心理学の理論が非常に役立ちました。逆に、その症例は心理学の理論づ くりに役立っています。同じようなことが、心理学とコンピュータ科学、コンピュータ科学と脳科学との間でもあるのです。これが三位一体という意味です。

ゼミでは、どういう行事がありますか?

コンパがあります。たいてい、天狗(浜松駅前にある居酒屋)に行きます。ビールがいいし、オールモ ルト17年もののウィスキーなどいいものがあります。ああいうものがおいしいと思えるようになると、オトナなんだよね。この居酒屋には高いものはありませ ん。安いから行くのです。コンパは、新入生歓迎コンパで5月頃、それと、忘年会と追い出しコンパをします。こ のほかに、卒業式のあとの祝賀会のあとにも、卒業生がコンパを主催するようになっています。

ゼミ合宿は、3月の終わりにやっています。新4年生と新修士2年生が研究計画を発表して、みんなで検討します。2泊3日で やっています。今までは、鎌倉が一番多かったです。鎌倉にいい公共の宿があり、そこに行きます。料理も京風や鎌倉風のいいものです。宿は海の側にあって、 江ノ島や材木座海岸が見えて、とてもいいところです。暴走族のメッカでもありますが。

2日目の午後は、鎌倉観光です。基本コースは、鎌倉駅から若宮大路を通って、鶴見八幡宮にいくというパターンです。桜が咲いていると最高なんです が。

第二コースが大仏に行くルートです。

翌朝は反省会をした後、宿から歩いて大仏まで行きます。そこで解散です。去年は、横浜中華街まで行きました。あのあたりは私の縄張りですから。

伊豆に行ったこともあります。合宿のことはみんなで決めます。

授業を通して一番静大生に伝えたいことは何ですか?

1年生向けの授業では、心理学の楽しさを伝えたいですね。

教育学の神様と称されるペスタロッチというひとが、

「馬を水飲み場まで連れてくることはできるが、飲ませることはできない。教育も同じだ」

と言ったそうです。でも、私は飲ませるようにするのが教育だと思うのです。では、どうしたらいいか。いろんな課題を与えること、それは水飲み場に連 れて行 くことになります。課題の与え方などがまずく、おもしろくない授業になると、みんな水飲み場まで連れて行ってもどこかへ行ってしまうでしょう。それより は、連れて行かなくても、自分で歩いていって飲みたくなるようにするのが本当の教育ですね。そのためには何したらいいかというと、「心理 学っておもしろい、楽しい」を思わせること、それが一番じゃないかと思うのです。

「暇な時に図書館へ行って本を読んでみようかな」とか、あるいは将来人生で行き詰まったときに、「アイデンティティの本をよんでみようかなぁ」と か、そ ういう風になったら、私の勝ちです。

教育の効果なんてそんなに簡単にわかるものでもないし、簡単に結果が出るようなことを目指してやるべきではないと思っていますから、まずは興味を持 たせることを主眼に置いています。

卒業研究で伝えたいことは何でしょうか?

卒業研究では、研究の楽しさを伝えたいです。

これは、1年生向けの授業とはかなり違います。1年生を対象にした授業、「心理学への誘い」とか「認知心理学概論」では、「心理学っておもしろい ぞ」と実 感してもらうように、小ネタ使ったり、ビデオつかったり、演技したり、ありとあらゆる手を使って楽しさを伝えようとしています。

その一方で、卒業研究では、私が楽しく研究している姿がみんなに見えるようにしています。上級生に対する教育は、ことばで「ああしろ、こうしろ」と 指導す るよりも、自分の研究している後ろ姿を見せることだと思っています。

教師が「研究は楽しくない」と思っていて、学生がその教師に卒論を指導されたらイヤでしょう?

自分の先生が尊敬できて、こんなすごい研究をしていて、こんなに偉い人なんだと思うと、その先生の所へ行きたくなるでしょう? ノーベル賞を取った 先生の 所だったら、どんなに変人でも、ふき掃除から始めて弟子入りしたいと思うでしょう?

要するに、私がとにかく、次から次へと実験し、論文を書くということを、実に楽しそうに実行し、毎日生きているという姿を見せるの が一番だと思うのです。

でも、演技しているのではなくて、楽しいのです。実際にね。

静岡大学に入学する学生に望むことはなんですか?

どの角度から話をしようかな。

じゃあ、2つお話ししましょう。

大学で学ぶことは、これはずっと昔から言っていることなんですか、「ジャガイモとポテトチップスがあると、ジャガイモのほうが大学で学ぶべきもの だ」ということです。どういうことかといいますと、ジャガイモというのは素材です。ものの見方考え方の基本であり、その元になるデータ・素材のよ うなものです。ジャガイモはポテトチップスにも、カレーにも、シチューにも、肉じゃがにも出来ますが、ポテトチップスはジャガイモにできません。

基本を大切に、ということですか?

そうです。即戦力になるようなスキルも重要ですが、すぐに役立つ専門的な知識・スキルというものは、せ いぜい役に立って2−3年がよいところでしょう。技術革新の激しい世の中ですから。要するに、社会に出て就職した後、更にいろんなことを学んで身に つけ、自分が成長していかなければいけないのです。そうしないと、特にこれからは置き去りにされてしまいますよ。そのためには何を身につけておい たらよいと思いますか?


すぐに食べられるポテトチップスを持っていても、食べれば終わりですが、ジャガイモだと埋めれば芽を出してくれるかもしれない。そういうジャガイモ に相当するものを身につけておくことが重要だと思います。どうしても目先目先のものに目を向けてしまいがちですが、長〜い目で見ましょう。

(←長い目)


もう一つはなんでしょう?

もう一つは、アイデンティティの確立、自分探しをすることです。自分というものは、遠く の世界にあるわけではなく、自分の中にあるのです。それを再発見するということです。自分というものを、自分自身の目で直接見ることはできません。目は外 側を向いていて、自分を見るようには出来ていないんですね。なので大変なんです。友人と付き合ったり、本を読んだりしていろんな勉強をしたりするのは、あ る意味で自分探しをしていることにもなります。自分がどういう方面に向いているのか。どういう世界と一緒にずっとつきあっていけばいいのか? 

それは、自分と一緒につきあっていく人間、恋人とかもそうだし、仕事もそうです。どういう世界に身を置いてどういうところで自分は長い間幸せに生き ていけばいいのかは、勉強を通してもいろんなことがわかります。また、わかるような勉強をしなければいけないのです。

で、我々が若い頃、大学生というものは貧乏で、半人前で何ひとつ満足に出来なくて、何一つ自分の力で世の中を動かすこともできなかったのです。一人 前にな るために、色々な模索をしました。今は、大学の間こそ何でもできて、就職するといろんなことが制限されてできなくなると思っている人が多いのです。でも、 何でもできるのは、親の完全な保護の元で自分が出来ているのに過ぎないのです。勘違いしているのです。勘違いしたまま、積極的に自分探しをしない人が多い のです。

「自分探し」ですか?

自分って何だろうかとか、生きるって何だろうかとか、人生って何だろうかとか、本来、大 学生の定番ですよ。徹夜で語り明かすとか、熱く語り明かすというそういうことを是非、せっかく大学に入ったのだから、やって欲しいと思いますね。

で、やっている人って当然いると思いますが、やっていない人がどうしても目立ってしまうから、みんながそうだと言っているように聞こえたら、申し訳 ないの ですが。そういうことの一つの助けとして、自己発見テストを導入したのです。私が導入したのです。就職委員会で提案して、総務委員会で提案して、学生委員 会で提案してやっと認められて実施の運びになったのです。だから皆さんはラッキーです。ぜひ受けて下さい。

先生のゼミ生は、卒業した後の進路はどうなっています か?

男子学生は三分の二の確率で、大学院に行っています。院生がいると、4年生にとってとてもプラスで すね。

院生はみな、認知心理学をやっています。

私のメインテーマの記憶の文脈に近いことをやっています。これまでで、院生が4人です。

残りは、1人が公務員、もう1人はセガに入りました。

大学院に行った人で、2人がシステムエンジニアになりました。残りの2人は、博士課程に行って研究者になります。研究の楽し さを伝えるのが教育なんだと思っていて、そのせいか、彼らも楽しいようです。

女子学生の進路はどうですか?

女子学生は数が多いのですが、変わったところからあげると、1名人文学部の臨床心理士の大学院に 行きました。このために、特訓しました。他大学の大学院にはいるということは大変なんです。情報社会学科は心理学科ではないから、心理学の勉強はほとんど していないでしょう。で、入るために、4年の前期に特訓して、過去問研究もしたし、いろんな本も勉強させました。

それから、公務員が1人。社会学科全体では、公務員になった人はあまり多くないのですが、私のゼミ出身者では公務員になった人2名になりま す。その他は、商社や情報産業などの総合職・一般職に就職しています。

全体的に見ると、SE(システムエンジニア)が少ないという点も特徴かもしれません。

最後に、研究室についてなにかPRがあればどうぞ。

私や私の研究室について詳しく知りたいときは、私のホームページを参照してください。


取材:貫井みのり・林可菜枝・N(2002年4月入学)、編集:N (2002年12月3日)